せっかち

2017/01/15 21:11
こんにちは。
せっかち伯爵って誰ですか。せっかちってうったら候補にでてきました。
私ではありません。

結構前のことになりますが、母校に行ったとき先生たちに
そんな先の先のことまで心配しすぎなくていいのよ~って言われて
たしかにそういうとこあるなーって初めて気づきました(遅い)
考えてみれば高校生の頃から年金の心配したところで何も変わらないんですよね、一例ですが。
考えたところである意味時間が(100%とは言わないけど)無駄というか。どうにもならないし。

ということをなぜ思い出したかというと。
私よく誰かさんにもの(消耗品でない)をあげてしまう傾向があって、
つい悪い癖でいっつもこんなペースでものあげてて、
二人で出かけたらお土産とかも買うし、将来ものが溢れかえったらどうしようとか思ってしまって
無為な心配をしてしまうんです。(でも結局あげる)
広いんだから余裕だよ!と言ってもらってすこし安心したんですけど、どうしても癖で考えちゃって。
ただ最近その冒頭の出来事を思い出すと同時に気づいたんですけど、
もしそんな悩みが将来発生したとして、それってすごい幸せな悩みなんですよね。
相手を思ってあげたもの、相手からもらったもの、二人で買ったものがたくさんあって困っちゃうなんて
それなら万が一悩むことになってもいいんじゃない、てちょっと思っちゃいました。
嬉しい悲鳴みたいなやつですね。
それに、万が一すごく余裕のある空間にも置ききれなくなったら
それはその時考えればいい話で、取捨選択することになったとしても
それもその時決めれば良くて、それは今から減らしていくよりも断然いいんだろうなーって思うんですよね。
さらにさらに、いちいち心配するよりそう考えたほうが絶対ハッピーでいられる時間が長いんですよね。
(なんかすごい最後の文が胡散臭い感じになってしまいましたが
なんだかんだそれってすごい大事だなって思います。)

特にこの話にオチはないんですが、そう思ったよっていうだけの日記でした。
不幸せじゃないと幸せであるというのは一見イコールに見えて全然違いますよね。
昔は、少なくとも不幸せとか思ったことはそんなにありませんでしたが
その代わり幸せな時間はって聞かれても何も頭に浮かばなかったので、
とてもそう思います。これって、好きと嫌いの関係にも似てますね。
好きじゃないから嫌いとは限らないとはよくいいますが、
二項対立にされがちなものってこの手の誤解が多い気がします。
…オチがないところにまた余計なつぶやきがくっついて
二段オチなしになってしまいました。誰かどうにかして。

ドロイド君とりんごちゃん

2017/01/07 14:20
タイトルそのままです。
スマートフォンが出た頃からずっとAndroidを使い続けてきた私がiPhone7にしてみた感想記。
そのまんまじゃなかったね。

結論から言うと結構使いやすい。
というのもiPhone7になるにあたって結構日本仕様にすりよってくれたので
私がiPhoneにするの嫌だなーと思っていた部分がなくなっていたし
(耐水になったりとか、スクショの音なくせるようになったりとか)
その他知らなかったけど便利なポイントがたくさんあった。

以下はなまるポイント。
①通知の設定が細かくできるのがいい これほんといい
バッジとか、表示の仕方とか細かく変えられるのがとても良い。
あと、個別のアプリひらなくても設定で一気に通知決められるのもすごく便利。
②標準の写真アプリでアルバムつくったりして整理ができる
なくて不便感じたことなかったけどあると便利
③ある程度のプリインストールアプリが消せる 整理したい人にはいい
④マナーモードを横のやつカチッとやるだけでできる ぱっと見で確認できていい
⑤ナイトシフト使える
⑥充電早い。あと前より(人の前のあいぽん見てたのと比べてだけど)電池持ちが良くなった気がする。
⑦待受?なんていうのかな、Androidだとシートがあってメニュー押して
アプリ一覧見る感じだけどそれがなくて、無いと使いにくいかなって思ったけどこれが意外と問題ない。
むしろ整理する場所が減っていい

でもここだけ気になる
①イヤホンと充電のさしこみ一緒にしちゃあかんよ!これに尽きる あとは些末なこと
②充電ケーブルすごい固くない?抜けなくない?
③相変わらず割れる恐怖は拭えない(そもそも落とすな)
④戻るボタンがないからブラウザはスライドで戻るんだけどそれだと読み込みに一瞬間がある
⑤Appストアのランキング少なすぎてアプリ探しにくい

でもトータルしたらいいほうが勝ると思う。
これしたいなーと思ったことが大概(設定)できるようになっている!というのが一言での感想。

一個前に使っていたAndroidがカメラ真ん中にあったので癖でカメラの上ひっつかんじゃったり
キーボードのサイズが微妙に違うのかまだ打つのが下手とかありますがなかなかです。
ちなみにその時標準ではいっていたスクリーンショットシェアというのがお気に入りで
しゅっとするだけでスクショとれるんですけど、あれAndroidでももう使えないんだって。残念。
旧機もまだ家にあるんですけど本当に冗談かのように買い替えてから
調子悪くなって(いやそのまえもまあまあ悪くなってたけど)十分使い切ったなーと

関係ないけどあの物理ボタンじゃないのに押した感覚するのほんとすごいね、
もとがボタンじゃないの使ってたから全然タッチになってもかまわないけど純粋にすごいね。

スタコラサッサッサ

2017/01/05 10:19
こんにちは。
今日ふと童謡森のくまさんを調べたら面白いものを見つけました。
http://www1.odn.ne.jp/mushimaru/bakaessay/bear.htm

童謡の歌詞の解釈をしているんだけど、読み物として面白かったです。
実際はこれ調べたところそもそも英語の歌が下敷きにあるみたいなので
こういうことではないと思うけど!
しかもその下敷きになった歌は最初こそ少し似てるけど
銃出てくる時点でもうアメリカンもいいとこだし
後半とか全然違くてそれはそれでちょっと楽しかったです…。
童謡ってストーリーがありそうなのに
歌であるゆえかすべてが語られていない感じのものが多くて
成長してから改めて考えるとすごい謎なものがたくさんある気がする。
実は作詞の人がこれで対して何も考えずに作っていたらそれもそれですごいけど、
何も考えず謎が残るものを作るって普通に謎を考えて作るより難しそう。

ブッチンプリン

2016/12/31 10:00
こんにちは。
今日は補足とこまごまです。

交換ノートとホワイトボードの中間の話。
ホワイトボードにメモ書きするとそもそもあれは人に何かを伝えるものなので
交流があるじゃないですか。ちょっと落書きを足したりとかもあるかもしれないし。
でも内容がホワイトボードって大抵帰り何時とかそういうすごいざっとしたことなので
それを残してもな、ということで日記。
交換ノートはより交流度が上だと思うんですけど、
自分が書かないと相手から返ってこないから自分のタイミングではかけないし、
いつも手紙に何書いたらいいか迷っている誰かさんには何を書いたらいいか難しいんじゃないかなって思った。
なのでその中間を取ってお互い好きなタイミングでかける日記にしました。
交流っていうのはたとえば同じ映画見て違う感想かいてたら
そこよりここでしょ!みたいなツッコミがあとの人の感想にはいっても面白いし、という程度でなんか無理してやるものではないと思う。何もなくても相手のやつ読むのも面白いと思うし相手の読んで思い出してなんか書いてもいいなと思う。

自分はたとえば何才になったらなんとかの検診に行く、とか長期メモしたいことがあるなと思ったのと
日々の中でちょっと覚えていたいことみたいなのが多くてその発想に至ったけど
例えばそういうメモはもうとる場所があるということならそれは書かなくていいわけだし
自分に合わせて使ってほしいなと思ってます。
まあ私がブログにたまに書くようなずどーんとした話はあの枠には収まらないかもしれないけれども…。
こうしてほしいっていう理想をやってほしいのではなくて、
2人で好きなように使えたらいいねという感じ。
それこそ合わなければ続かなくて問題ないと思っています。
あと将来的に贈り物のときは書くけどそれ以外で手紙書く機会が少なくなりそうなので
普段からプチお手紙みたいなのをできたらな、と思いました。
2人で書いたら自分が書くことなくてもちょっと日記帳のぞくの楽しみになりそうじゃない?
なんだかんだこれが一番の理由です。
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出遅れる

2016/12/20 08:34
いつもいつも出遅れる。
なんか絶対違うよな~と思うんだけど
確信するまで言えないしいつもちょっとあとになってから思い出して
む~~~~~となる。
む~~~~~