野生

2014/06/03 22:23
ご無沙汰してます。
今日理学館にいる時ちらりと後ろの人の足元が見えたんですがなんと裸足でした。

現地人かなんかか。

まあそういう感じで野生のヒトが生息しててもおかしくないと思えるのがさすが森。
それはさておきまあそんなこんなで続きます。
特に一つぐりぐりしてて書きに来たわけでもないのですごくぐねぐねしそう。

ぐねぐね書くと言えば英語式の書き方ってすごくシステマティックだなと今更実感してます。
こりゃあパラグラフリーディングが強力にもなるわけです。
昔某先生がおっしゃっていた、英語は意見が自由な分形式くらいそろえないと無茶苦茶になる、
というのはまさにその通りだなと思いましたとりあえず。
実際確かに書式ががちがちに決まっていてかなりわかりやすいなとは思います。
まあでも私はなんだかんだ日本式の書き方も好きです。
確かにEssayとかAcademic Writing用に書式がっつり教え込むのは日本でも
そういうのあればいいなとは思います。実際読書感想文とかっていきなり書けって
ぽーんと渡されるだけですし。
でもNonacademicだったらぐねぐねというか、日本のはよくぐるぐるでたとえられますが
そういうのはその人の思考がまんま追えるのでそれはそれでいいよなあと思ったり。
こんなこと思っててここつながったんだなぁみたいな。
普段からそんなこと考えながら読んでるかといえば
まっっったくそんなことないのでアレなんですが^q^

あとなんですかね、先のこととか考えるというと大概の人って何してるかなとか
例えば就職できてるかなとかそういうこと考えてる気がしますけど
私の場合先の事に思いはせるとまずああまだ何年もあるのか…っていうのがまずくるんですよねぇ
これも一種のperceptionってやつかなと思いましたがまあそれはいいとして
自分がすごく不遜なこと言ってるのはわかるんですけどどうもうんだめですね
何度も言ってる気がしますが基本的にcowardなので必ずやってくるであろう
あんまりうれしくない出来事とか変化のことがさーっと頭に浮かんで
生きるの面倒くさい(?)なあってなるんですよね。
と言ってもよくある死にたいとかいうのとは違うんですけど。
ただただ時の長さが重みとしてのしかかってくるだけで。
長いとかいって実際短いんでしょうけどね
今年も順調に体感速度速くなってますし。

私はいったいまだまだ時間があることの何を重たく感じてるんでしょうね。
もちろんさっきいったみたいないろんな不安とかもありはするんでしょうけど
たぶん最大のものは変化だと思うんですよね
世の中ずっと安定してるものなんてないじゃないですか。
ずーっと変わらずそこにあるものなんてなにもないです
今日あったものが明日もそこにあるなんて保障どこにもないです
変化によって失われていくものがきっと私は怖いんでしょうね。
失うものもあれば得るものもあるだろうというのもしかりですが
私にとっては新しく得る物より失うものの方が大きいんですきっと。
新しく得るものを仮に得られなかったとしてそれは最初から一度も手に入ってない
わけだから別にいいじゃないですか。ほしいと思ってたものでなければ
しらないままだし仮にほしいと思っていたとしてもずっとそう思い続けるだけです。
でも失うものっていうのはその点一度手に入れちゃってるもので、
一度近くにあったものについて完璧に忘れ去るってなかなか難しいじゃないですか。
だから絶対新しく得る+既存の物を失う=マイナスだなって。
そういう意味ではよくせりふとかにある「失うものは何もない」というのは
ものすごい強みだしすさまじい武器だなと思います。
でも普通に生きてたら手に入れるの難しいだろうなぁ…

最近というか今日というかどうも考えがちらかってますね
思ってる事があんままとまらないです
まあなんだろう、うーーーーーーーん
別に私自分のことがすごく嫌いなわけではないんですが
最近ちょこっちょこと自分に嫌気のさす部分に目が向くことが多いかもしれないです
まーこんだけいろいろ書いたわりに
ちゃんと無難に楽しく(?)毎日を享受してますので私は至って元気です。(なんなんだ)
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